医療被ばくについて
放射線の使用の目的と医療被ばく
現在の医療においては、患者さんの診療のために放射線の使用が不可欠であり、次のような目的があります。
- 画像診断が目的であり、エックス線検査、CT検査、核医学検査などのように病気を発見したり、病気の状態を知り治療などに必要な情報を得ること。
- 治療が目的であり、放射線をがんの病巣に照射し、ガン細胞を死滅させること。
このように放射線診療で患者さんは利益(メリット)を得ることになりますが、一方で放射線を使うために被ばくする(医療被ばく)ことになります。
放射線診療を行う前提は、この医療被ばくによる障害発生の可能性や危険性(リスク)より、患者さんの利益が十分に大きいと考えられることです。
また、当然ながら、障害が発生しないよう、あるいは極力小さくなるように努めています。
放射線の使用と医療被ばく
医療被ばくの影響が不安だ…
医師に放射線診療を受けるように言われた
医療被ばくは怖いか
患患者さんの中には「放射線」「被ばく」という言葉で、恐ろしいイメージを思い浮かべる方もいると思います。
確かに放射線は原爆とか放射線事故での被ばくによる死亡などのように怖い面もあります。「放射線被ばく」が怖いかどうかは被ばくの量で決まり、少ない被ばく量では怖がる必要はありません。
また、医療被ばくは疾患の早期発見や診断の確定など患者さんが利益を得ることを前提として放射線診療を実施することであり、原爆とか放射線事故とは徹底的に異なります。
医療被ばくを怖がるあまり、放射線診療を受けないようなことになっては、適正な治療ができない状況が生じることにもなりかねません。
医療被ばくを考える上で必要なことは、(1) 被ばく量はどれくらいか、また、(2) どのような影響が発生するのかを知ることです。
医療被ばくは怖いか⑴被ばく量はどのくらいか
被ばくの量を判断するときに比較されるものの一つは、自然放射線による被ばくがあります。
その被ばく量は世界平均で1年間に約2.4mSv(ミリシーベルト)であり、ブラジルやインドのある地方では、10mSvを超えるところもあります。
自然放射線には、大地や空気中、あるいは食べ物として体内に取り込まれた放射線を出す物質(放射性物質)からのものや、宇宙線と呼ばれる宇宙からくるものがあります。
私たちはこの自然放射線に日常被ばくしていますが、通常、この被ばくについて考えることなく、また、不安がることもなく生活しています。
また、放射線診療における代表的なエックス線検査での被ばく量はというと、胸部単純エックス線検査 0.02mSv、腹部単純エックス線検査 1.0mSv、腰椎単純エックス線検査 1.3mSv、頭部CT検査 1.8mSv、胸部CT検査 7.8mSv、腹部CT検査 7.6mSv核医学 骨シンチ(99mTc) 4.8mSv、PET 6.4mSv となります。
医療被ばくは怖いか⑵どのような影響が発生するのか
被ばくの影響は次の2つに分けることができます。
1. 確定的影響=(組織反応)(しきい線量のある影響)
しきい線量とは被ばくで影響がではじめる線量であり、影響の種類や臓器、組織によって異なります。この影響は、被ばく量がしきい線量より小さい時には発生しません。
※組織反応
身体内部の反応や薬など外部からの要因が、結果(被ばくの影響)の表れ方に影響を及ぼすことが明らかになり、徐々に「確定的影響」から「組織反応」にとって代わりつつあります。
2. 確率的影響(しきい線量はないと仮定されている影響)
発がん、白血病と遺伝的影響(生殖腺が被ばくした場合の子孫への影響)をいいます。これらの影響は被ばくのない場合でも自然発生することがあります。この自然発生率と被ばくにより生じる影響の発生率とを比較して、被ばくによるリスクを評価することもありますが、日常的な通常の放射線検査の被ばく量では、影響の発生率の増加は明かではありません。
1.確定的影響=(組織反応)の例
確定的影響における患者さんから代表的な質問に、胎児への影響があります。
その影響の一つに、器官形成期の被ばくによる奇形の発生があり、そのしきい線量は100mGy(ミリグレイ)といわれています。放射線診断での胎児の平均被ばく量は、腹部撮影 1.4mGy、注腸造影検査 6.8mGy、腹部CT 8.0mGy、骨盤CT 25.0mGyなどとなっており、このしきい線量100mGyより小さい被ばくとなります。
従って、通常日常的に行われているエックス線検査では、検査による被ばくが原因となって奇形が発生することはないと考えられます。
ただし、妊娠中の女性もしくは妊娠の可能性のある女性は、放射線検査実施の前に、医師、看護師や放射線技師にその旨を申し出てください。
しきい線量以下とはいっても胎児の被ばくについては考慮しなければなりません。検査による胎児の被ばく量、検査の必要性を考慮し、総合的に患者さん(胎児)へのメリットが大きいとの判断がなされた場合にのみ検査を実施することとなります。
2.確定的影響の例
確率的影響における患者さんから代表的な質問の一つは、複数回のエックス検査による被ばくで白血病またはがんになるのではないかということです。この確率的影響にはしきい線量はなく、発生率が被ばく量に比例すると仮定されています。
この仮定によると、被ばくがある限り、影響の確率は 0(ゼロ) にはなりません。ただし、日常的な通常の放射線検査での被ばく量は、これらの発生が問題となるような被ばくはありません。例えば、白血病では50~200mGy以下の被ばくでは発生率の増加は統計的に明かではありません。
通常のエックス線検査では、赤色骨髄の線量は、例えば、胸部単純エックス線検査 0.05mGy、腹部単純エックス線検査 0.9mGy、全身CT検査 4.0mGy、上部消化管検査 8.0mGy程度であり、極端な回数の検査をしないかぎり、心配する必要はないといえます。
白血病だけでなく、発がんや遺伝的影響についても同様に、これらの発生が問題となるような量の放射線を通常のエックス線検査では受けることはありません。
以上のように患者さんに診断目的で放射線を使用する場合には、通常の日常的に行われている検査では心配するほどの被ばくではありませんので、医師により放射線検査を受けるように言われた場合は心配しないで受けて下さい。
確かに心臓のインターベンションなどのように特殊な場合には、放射線皮膚炎等の影響のでる程の被ばくになる可能性もあります。
しかしながら、放射線診療はあくまでも患者さんの治療が目的であり、被ばくはできるだけ少なくし、かつ、利益がリスクより大きいという医師の判断の上で行われております。
放射線治療について
患者さんに放射線を使用する目的のもう一つは放射線治療があります。
この治療では、がん細胞を死滅させるために、放射線をがん病巣に照射します。がん細胞の死滅が目的ですから、照射される放射線量は、診断目的と異なり相当な量となり、2次的な発がんが非常に稀ですが起こり得ます。
しかし、放射線治療は、このリスクよりもがん治療の利益の方が遙かに大きいと判断された上で実施されており、さらには、正常細胞、組織等への不利益な照射を少なくし、十分な治療効果が得られるように検討された治療計画に基づき実施されているのです。
不安な時は
患者さんの放射線を使用した診療には、上述の日常的に通常に行われている以外の特殊な検査もたくさんあります。
そのような検査を受ける場合に、何かしら不安なことがあれば、必ず医師に相談して頂きたいと思います。
安心して検査を受けるコツは、検査の目的についてきちんと説明を受け、必要な検査を正しく受ける事だといえます。
- 医療科学社 あなたと患者のための放射線防護Q&A 草間朋子
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- UNSCEAR 2008 Report